ひきこもりだから仕方ない

実家バイブス

相も変わらずひきこもってます。今年中に何かしらの定職に就かないとやばいことになりそう。この前、引きこもりニートの女性が母親に殴られて家から追い出される動画を偶々見てしまって戦々恐々とした。しかも、顔に青あざができるぐらい酷い殴られようだったのでドン引きしてしまった。

時々、実家から追い出されたらどうすればよいんだろうと思って考えるんだけど、役所に行くぐらいの発想しかない。ホームレスになってる人が少なからずいるってことは役所とかにも行かずに路上に行きついちゃうのかな。今度ちゃんと住んでる地域の自立支援センターの場所とか調べておこう。

ありがたいことに今の所は殴られて家から追い出されるような状況にはなってない。最悪な状況には変わりないけど。本当に今年中にちゃんと働けるかな。相当怪しい。

黒い瞳の国

久しぶりに父と対立が発生した。父にロシアのウクライナ侵攻でロシアがどれだけ歴史的に見て異常なのか問われたので、確かに異常な点もあるが、市民に対する攻撃や民間施設の攻撃はNATOコソボ空爆ベトナム戦争イスラエルクラスター爆弾使用など他の国もやってることだよと答えたら結構長めの言い争いに発展してしまった。

結構ショックだったのはアメリカやNATOの戦争行為をより良い国にした、もしくはしようとしてたからという一点に置いて正当化しようとしてたこと。そんなこと言ったらロシアのウクライナ侵攻だって今後の展開では正当化されてしまうのに。家の父親は戦後から戦後復興する時代に生まれた人で第二次世界大戦におけるアメリカの核爆弾の使用や東京空爆の悲惨さから感情的にも時間的にも近いのにもかかわらず、父は第二次世界大戦を振り返るときに日本軍や核爆弾については批判するが、アメリカを批判することは無かった。ずっと、それがどうしてだろうかと疑問に思ってたが、今回の言い争いで理由がよくわかった。アメリカのおかげで日本が成長を遂げたからと言う理由でアメリカの戦争犯罪を正当化してるということだった。

だから、父はその考え方を他国にも適用する形で中国、韓国に対する日本の侵略戦争を正当化してた。父は中国や韓国は日本が植民地支配したおかげで成長を遂げたのだから植民地支配の何が悪いのかのようなことをよく言っていた。自分はその意味不明な論理は侵略戦争の罪から逃れようとするところから来てると思っていたけど、日本の敗戦、日本に対するアメリカの戦争犯罪戦争犯罪をしたアメリカが日本を復興させた、という複数の難しい現実をどうにか正当化しようとした結果、屈折した理論が出来上がり、それを日本が侵略戦争した国々に適用してるだけだった。

自分たちのような若い世代が日本やアメリカの戦争犯罪を無かったかのように振る舞うのはわかるけど、戦後まもなく生まれた家の父のような人がアメリカの戦争犯罪を正当化するのは見てて辛いものがある。しかも、言い争いしてる時にすごく狼狽してるように見えた。だから、自分でも本当は分かってるんじゃないかなと思ってるけど、どうなんだろう。

本当は『三体』の執剣者(ソードホルダー)について語るブログを書きたかったんですが、こんなブログになってしまった。

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制空権

少し人と話す機会が増えて、自分のコミュニケーションの問題点がある程度分かってきた。私は人と会話する時に不安から多弁になってしまうところがある。自分に多弁の癖があることは昔から知ってたけど、それは会話するのが好きだからとか勝手に解釈してた。でも沈黙が怖かったり、自分の意志や思いを相手に証明しようと躍起になってるから多弁なんだなと。会話が好きと不安だからということが相互にコミュニケーションに悪い影響を及ぼしてる。

不安症とか所謂コミュ障って黙って喋らないみたいなイメージを想起するけど、それは不安の一形態であって、私のような間を言葉で必死に埋めようとするタイプの不安症もいるんだと思う。今考えれば、試し行動をしてしまったりとかの行動的な精神病の症例が一般的にあるのだから、不安からくる多弁みたいなものもあると気づくべきだった。オフェンシブな不安症とディフェンシブな不安症みたいな。この不安からくる多弁みたいなものって相手を聴き疲れさせてしまうし、相手の喋る間や場を奪ってしまうので、実は黙って喋らないタイプのコミュ障より害があるのかもしれない。それは積極的な会話というよりパーソナルエリアに対しての侵犯的なものになってしまってたりする。自分の今までやってた会話ってのは基本的に会話ではなくて、パーソナルエリアをどう攻略するのかみたいな感じだったんだろうな、きっと。

こういう発想って今までなかったのに、なんで今はパッとわかるようになったんだろうかと思ったら、間を意識するみたいな部分ってギターをやっててすごく必要になる部分で、既存の曲を弾くときに並んだ音符をただ弾くのではなくて、ここは強く、ここは弱く、ここは短く、ここは長くみたいにしなきゃいけない。それをやらないと同じ曲なのにもかかわらず、音痴に聞こえる。このギターを弾くときに意識するリズム的な発想がギターやるまでなかった。今もあるとは言い難いけど、気づける程度には備わってきたと言っても良いと思う。

昔、知り合いがEMINEMを聴いてると頭が痛くなるから嫌いだということを言っていて、なんで頭が痛くなるんだろう?音が大きいからか?とか思ってたけど、きっと音と音の間の狭さとか言葉の多さとかが頭痛の原因になってるんだろうなと今なら思う。確かにごちゃごちゃしててうるさい的な事も言ってた。結局、黙りすぎず喋りすぎずが自分の理想のコミュニケーションの形態だなと思う。できるようになるかは相当怪しいけど、できるようになりたいな。それかmateus asatoになりたい。

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ゴッドブレスの導き

あまりに疲れすぎた。何もやってないのにいきなり1日にタスクを詰め込みすぎてしまった。社会復帰に必要なタスクばっかりなのでどうにかやってるけど、疲労がやばい。数少ない楽しみのギターもあんまり上達しないし。小学生がこなすぐらいのタスクでこんなに疲れるんだからもう本当にやばい。そして結局、疲労と時間が足りなくAudibleで伊藤亜紗さんの『手の倫理 』と宇沢弘文さんの『社会的共通資本』も聴けなかった。ほぼそのためだけに契約したのに。残念

というか、本当にギターって上手くなるんだろうか。そもそも自分が趣味を増やそう!とか無気力をやめよう!とか積極的に思い始めたのもギターをやり始めたからで、すごく上達スピードは遅いけどそれでも少しだけ曲が弾けたり、昨日まで弾けなかったフレーズが弾けるようになったりして久しぶりに”できるようになる”って感覚ってこういう事なのかって思って趣味の幅が広がった。それでも、流石にそれでも上達スピードが遅いというか、何か自分の根本的に能力の低い部分が上達を妨げてるような気がする。まぁでも好きだから続けると思う。

あと色々な経験を経て、ずっと私は友達がほしい!とか言ってたけど、普通に間違ってたなと思った。自分がほしいのは知り合いや人と定期的に関われる場が欲しいのであって友達が欲しいわけじゃなかったっぽい。人と人の関係とかを踏まえた上での共同体がなによりも重要で、そもそも、人と人の関係って共同体的な何かがないと作るのが難しいし、維持することも難しい。だから、東浩紀さんとかは友達だけじゃなくて、国とか家族とか共同体って言葉を使うんだな。確かに普通に考えればそうだよな。人と関係を結ぶって意味わからん。何か目的とか場がないと絶対に無理。そうかー、気づくのが遅かったな。

やっぱりそう考えると、友達ってすごく特殊な存在だと思う。恋人と違ってすごく抽象的。正直言って恋人を作るより友達を作る方が実は難しいと思う。恋人になってください!はありふれてるけど、友達になってください!なんで現実世界であんまり聞いたことないし、そういう友達であることを確認する作業みたいな事を嫌がる人の方が多かった。友達って謎な現象だ。

  • 断片的な内容を一つの文章にまとめようとしたけど、体力的にも能力的にもできそうにないのでこの方式に変えることにした。便利。

 

  • CONTROLを全クリした。ゲーム性も良かったけど世界観が良かった。断片の欠片を集めても全体を把握できない、謎は謎のままみたいなそんな世界観。トリハダとか世にも奇妙な物語が好きな理由って自分でもイマイチわからなかったのだけど、未知との遭遇的な物語が好きなんだと思う、多分。だからSF作品も好きなんだ。そういえばアランウェイクそんなような内容だった気がする。早くアランウェイク2でないかな。

 

  • 『言語が消滅する前に』で論じられてた心の闇についての考察がイマイチ理解できないまま一ヶ月がたってしまった。『露出せよ、と現代文明は言う「心の闇」の喪失と精神分析』という本の中で立木康介さんは凶悪犯罪者の心の闇をメディアは暴こうとするが、凶悪犯罪の犯人は心の闇を作り損ねたからこそ凶悪犯罪を起こすのだ、と國分功一郎さんが引用し、続けて、だからこそ心の闇を作り苛烈な欲望をそこに繋ぎ止めておく必要があったんだと論じてたのだけど、全然わからない。なんで、心の闇が作られると苛烈な欲望を繋ぎ止めることできるようになるんだろうか。自分もメディアと同じように心に闇がある→心の闇が育つ→行動って図式で考えてしまう。立木さんの本を読めば理解できるのかもしれないけどお金がないから買えない。悲しみ。

 

  • 立て続けに宮台真司さんの対談動画みてたら、精神の調子を崩してしまった。宮台真司思想は用法用量を守って摂取しないといけない。宮台真司思想を全面的に肯定にしてる若い人たちが偶にいるけど、マジ??って思ってしまう。宮台真司さんとか上野千鶴子さんは思想的にすごく重要なことを言ってると思う反面、凄まじいほどグロいことも言ってると思うので、考えれば考えるほど全面的な肯定はできない気がするけど、なんで肯定できてるんだろうか。もしかしたら自分が文脈を理解できていないだけもしれない。

 

  • 断片的知識って脳に凄い負荷をかけるというか、脳のリソースを猛スピードで奪いなおかつ体系的じゃないから、知識を整理しようにも整理できない。この自分が良くやってしまいがちな日々の行いって余計に思考が混乱するというか、象徴的貧困に陥りがちな気がする。情報を上手く処理できてない。ただ、体系的知識ってメンター的な存在がいないと無理な気がしていて、そういう意味では大学とか学習の場ってまだまだいけるよなーって思う。

 

  • シラスでゲンロンのロシア現代思想特集を見てゲンロン6、7欲しくなったけど、お金がないため買えず、いやもしかしたら買うかもしれない。昔ネットで知り合った読書家の人が毎年の書籍購入代は100万ぐらいって言ってて、びっくりしたのだけど少しずつ本を読み始めた今から考えれば、確かにそれぐらいいくのかもしれない。フーコー研究とか2万ぐらいするし。世界哲学史もセットで1万ぐらいする。本は読めば読むほど買いたい本が増えていく気持ちは今ならわかるかも。いやそれでも半端じゃなく買ってると思うな。初めてそれを聞いた時は、は、破産する・・読書破産だ・・・としか思わなかった。

 

  • そういえばkindl unlimitedにあった数少ない現代ロシアを解説した本がロシアがウクライナに侵攻したのを機にkindl unlimitedから外されてしまった。楽しみにしてたのに。残念。kindl unlimitedって結構小出しに良い本を出してすぐに外されるのである程度張り付いておかないと良い本に巡り合えない。フェミニズムの本とか本当に秒で外される。

 

1年ぶりぐらいに赤の他人とdiscordで会話したら疲れて次の日何にもできなかった。

ひきこもりになってから疲れるようになったと勘違いしてたけど、昔から人と話したり遊んだりすると半端じゃなく疲れて次の日潰れてたのを思い出した。ひきこもりじゃなくなれば慢性疲労も無くなるっしょとか考えてたけど、完全に思い違いだった。

課題が山積みすぎて何もかも嫌になってきた。

あと全然関係ないけど久しぶりにブルーノ・マーズのアルバム『24K Magic』を聴きなおしたけど、完成度が凄まじい。カニエ・ウエストとかスティービー・ワンダーもそうだけどアルバムの完成度が凄まじいアーティストってどうやって楽曲制作してるんだろう。直接覗き見たい。

 

ノスタルジア

あなた方に警告します。応答するな!応答するな!応答するな!

三体をAudibleで聞き終えた。

本当にすごい。あまりにすごすぎて何も言えないというか。

一人の作家がこの世界を本の中に納められたことが信じられない。

自分はゲームとか映画でも世界観の大きいAAAタイトルの作品が好きでよくやりますけど、こんな大きいスケールの作品に出合ったことがない。世界観とかじゃなくて世界が丸ごと上から降ってくる感じ。いやー本当にすごい。

しかも、内容も素晴らしくロマンチックかつ示唆に富んでるし、そしてなによりも伏線の回収があまりに鮮やか。感動して泣きそうになってるタイミングで綺麗に伏線を回収されるもんだから泣きたいのに泣けなかった。

黒暗森林が日本では評価が高く、海外では死神永生が評価が高いらしいけど、自分は三体Ⅰが素晴らしかったと思う。三体Ⅰは三体Ⅱ,三体Ⅲと比べるとSF要素は薄いし、スローテンポなんだけど、三体Ⅰだけは史実に近い過去の世界からある時いきなりバチンって自分たちの住んでる世界ではない方向へと切り替わる。その分岐点が私たちが歩んできた世界との別れであり、同時に別の世界との遭遇でもあるというのが素晴らしいし、SF要素も小さいからこそじっくりと想像をめぐらせることができた。あとなんでこんなロマンチックに書けるんだってぐらいロマンチックなのが良い。

いろんな人に読んでほしいし、人と感動を共有したいと思える作品に久しぶりに出合えた。

本当に素晴らしい作品でした。